ラノベ作家志望者は、渾身の長編作品を新人賞に応募するべきなのか

ライトノベル

ラノベ作家志望者のことを「ワナビ」と呼ぶ習慣を最近知った情報弱者こと有村ゆうまです。

最近、ブログは「である調」より「ですます調」の方が圧倒的に書きやすいのではないか、という葛藤に悩まされていなかったりします。

今までずっと「である調」で来ていたので。

まあブログなんて本当にフリー!って感じなので、好き勝手やらせて欲しいですます。

まだぼくはただのワナビ

覚えた言葉はどんどん使って吸収していきたいと思います。

世間様からいたしますと、ぼくはいわゆるただのワナビ。

しかも新人賞に応募したこともないのです。

しかしどうしてまた、こんな記事を書こうかと思ったかというとですね。

小説を書くことに煮詰まると、モチベーションアップの一環(?)として、ラノベ作家の現実のような記事をたくさん見るわけです。

そこで最近のラノベ業界は「一巻打ち切り」というものが当たり前らしく。

書籍化する前から震えているわけです。

だってぼくは自分の書いてる作品、キャラクターが大好きなわけで。

「まだこの子にこういうこともさせたいし、こういうことも言わせたい。……って思ってたのに、一巻打ち切りだってえええ!?」

なんて、なりたくないじゃない。

本音といたしまして、主人公がおっさんになるまで書きたいくらい。

「じゃあ書けよっ!」ってツッコミをいただくとは思いますが、成果があらわれないとモチベーションも上がらないものじゃないですか。

「書きたいことたくさんあるのに、モチベーションが上がらない」なんてことも不思議な話じゃないわけです。

ぼくは特にそういうタイプなのです。

打ち切り食らってもネットで投稿し続けようぜ

って、こういう結論に持っていきたかったんですよ。この記事書き始めた当初は。

でも作業量って、やっぱモチベーションの量と比例するじゃあないですか。

だって打ち切りなんか食らったら「この作品には、まるで価値がないのかもしれない……」なんて失望しちゃうだろうね。

そもそも打ち切り食らった作品をネットで投稿し続けるのはありなのかどうか、それすらも知りません。

というかそんならそれは別で置いといて、新人賞用に一巻で完結する作品を作るべきなのでは?って話です。

というか新人賞って、多分元からそういうものらしいんです。

出版社の人が「これ一巻で全く話まとまってないんだけど何これ……」って応募作品はよくあるそうで。

となるとぼくが今、精力を込めて書いている作品は完全に新人賞向けではないのかなーと。

でもせっかく文字数増えてきたし、実際のところは出したい気持ちの方がかなり強い。

「うるせーな、じゃあ出せよ」って声が聞こえてくるのでそうすることとします。

不況が悪い

「ごめん、一巻で打ち切りね」っていうのはつまり、売れないから悪いんです。

何故売れないかって言うと、面白くないか、タイトルや表紙に釣られないか、市場規模が縮小してしまってるか。

というか内容やタイトルは努力次第だとしても、表紙や市場規模どうのは運ゲーじゃないですか。

「今日本屋寄ったときこのすばは絶対買うけど、お金に余裕あるからもう一冊気になったやつ買おうかなあ」っていう機会が増えれば!

その機会の増減は完全に運任せじゃあないですか。

どうしようもない現状に嘆いている暇があるなら、努力をしろ

これは自分への戒めとして好きな言葉です。

考えたのはぼくです。

だって正直市場規模をどうのって、ぼく個人じゃどうしようもならんじゃないですか。

その中でどう足掻けばいいかを考えるのが賢人ですよ?ちなみにぼくは違います。

でも足掻くべきでしょう、嘆く暇があるのなら。

モチベーションが金と密接に結びついているのなら、金になる作品を書け。

好きな作品書いてて楽しいなら、趣味としてやっていけ。

でも大多数は、その間をとっていきたいと考えるらしいです。

それでいいと思います。

というか、ぼくはまずワナビを卒業しようと思います。

新人賞に渾身の長編作品出しちゃおうと思います。

それ落ちても多分他の新人賞に使い回します。

でも「小説家になろう」、「カクヨム」への投稿は続けると思います。

それでいいと思うのです。

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