ぼくが音楽から感動を覚えにくくなってしまった、ただ一つの理由

雑記

音楽を意識して聴くようになってから、何年の歳月が経ったでしょうか。

始まりを定義することが難しいのでなんとも言えませんが。

中学生の頃とかは「音楽を聴く」ということに対して、強く刺激を覚えていたような気がするのです。未知の遭遇みたいな感じで。

「強く刺激を覚えていた」ということは、もうそうではないということです。

これを読む人は音楽に対して真摯に向き合うような方とは思いますが、あなたはどうでしょう。

ですが、ぼくがこのような事態に陥った原因というものに心当たりはあります。

きっとあれです。

別にほとんどの人に当てはまることってわけでもないので安心してください。

でも多くの人に当てはまります。(どっちだ)

音楽に感動を覚えにくい理由とは

ギターを弾けるようになってしまったから

ギター歴数年、そこそこギター弾けます。

で、ぼくの聴く音楽のジャンルは主にポップめなバンド音楽みたいな。

カバーしたりするようなジャンルも割とそっちめな方です。

するとどうなるか。

好きな曲をカバーする。何度も何度も聴いてコピーしての繰り返し。

そして。

後でそれを聴くと「あ、ここはこうやって弾くんだったよな」というイメージが頭の中でできてしまいます。

これはほとんどぼくの性格が悪いです。

自分のできることに魅力を感じなくなってしまう。いや、弾いてる本家のアーティストの方が段違いで上手いんですが。

そのフレーズを弾けるかどうかというところに限った話です。

もちろん、聴きすぎたことによる飽きからくるものもあるでしょう。なにせ飽き性なので。

どちらにせよ無条件で憧れていたアーティストの存在が近づいてしまったわけです。いまだ遠いことに変わりはないのですが。

遠い存在への憧れ

ぼくは絵が描けません。

だから「神絵師」という雲の上の存在に対しては尊敬の念を覚え、彼らによって創り出される作品に対しても無条件に興奮します。

話が逸れてしまったようにも思えますが、ぼくが言いたいのは「アーティストを神のように崇める」という要素も混じった上での感動というものがあるのではないか、ということです。

出来ないことには感動を覚える

ギターの速弾きとか

ぼくはギターの速弾きをできません。

真面目に速弾きの練習に取り組んだこともないし「速弾きの才能は無いのではないか」と自分の中で割り切って考えてしまっているところもあります。

ですが、ギタリストなりに速弾きへの憧れがあります。

だからポップめなバンド音楽にちょこっと入れられた速弾きパートなんかには強い感動を覚えます。

ヨルシカの『言って。』とかn-bunaの『白ゆき』とかあとポルカのほとんどの曲とか。ポルカドットスティングレイ。これは例を挙げ出したら止まらない。

ちなみに、ヨルシカとn-bunaは似て非なるものです。

未知の作曲テクニックとか

ギターのテクニックだけでなく、作曲者として憧れるところも多々あります。

まず米津玄師の『馬と鹿』という曲。

サビの展開がすんごい。

米津玄師の作曲力の高さは世界中で認められているので深く言及するまでもないかと。

次に挙げたいのはネクライトーキーの『こんがらがった!』という曲。

サビはキャッチーですが、イントロとかは少し変化球な感じで味わい深い。楽しい。

最後は椎名林檎の『公然の秘密』という曲。

最新の曲ですね(2019年11月5日現在)。

この人の後ろについているのがすごい人たちばかりというのもあるでしょうが、オシャレかつ盛り上がれる曲の頂点。

コードのチョイスがセンスの塊ですよね。

音楽が嫌いなわけではない。むしろ好き

しんみりはする

音楽を聴いて「やべえ!興奮!ぶち上げ!」ってことは、もうない。……と、思っていたんですけど、未知との遭遇はやっぱりブチあがります。

でも聴き慣れた音楽でも、浸るために聴くことはよくあります。

静寂に包まれた夜にしんみりとした音楽を聴くと……なんとも心地よいものです。

この時間のぼくだけが真剣に音楽鑑賞をしていると言っても過言ではありません。

通勤の時間などはやはりBGM程度にしか受け止められないです。

ライブをすることは好き

代償として音楽を聴く楽しみが減りましたが、セッションの楽しさを知りました。

その発展形であるライブをするという行為に興奮を覚えないわけがなく。

それはもうぶち上げです。

ここから考えうる対策

なんでもほどほどに

できる限り音楽を聴く楽しみを減らしたくはないところです。

つまりぼくで言うと、ギターの速弾きには手を出さず、得意なテクニックを洗練してゆけと。

速弾きできない言い訳などではなく……いや、言い訳かもしれません。

「できないことへの憧れ」というものは誰にでもあることだと思うのです。

速弾きに対しての憧れを残しておきたいというのは甘えでしょうか。いいえ、誰でも。

創作欲の根源

「この曲がもう少しこうだったらなあ……。いや、それだったら自分で作れば…………!」といった感情が、創作との正しい向き合い方なのかも知れません。

かと言って既存の音楽に失望しているわけでもなく。

ある程度「こんなもんだろうな」と先入観を抱いてしまっている限りです。

でも低い確率で起こる「未知との遭遇」に出会えたりしたら儲け物。

これが現時点での、ぼくなりの音楽との向き合い方かなと。

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