人間不信でまともな恋愛ができないときに考えたいこと

恋の教科書

「人間不信で恋愛ができないようになってしまった」という状態に陥ってしまう人が稀にいる。

かくいうぼくも、軽度な人間不信に陥ることがある。

人によると思うのだが、ぼくの場合は基本的に友人は信用できるが、恋愛関係に発展した相手を100%信用できないというもの。

まあ人の心など読み取れるものではないから当たり前といえば当たり前かもしれないが、それが厄介してより踏み込んだ関係に発展することを心が拒絶しまうのだ。

そのせいと断言するというのはどうかとは思うが、まともな恋愛ができない。

「愛は与えるもの」というのは理想論で、もらえる愛を実感できなければ冷めてしまう。

それでも「好きだよ」とかいう言葉に安っぽさを感じてしまい、いまいち信じきることもできない。

お互いを信じ合っている関係ほど美しく幸せなものはないだろうと頭では理解しているが、ぼくには無理な話である。

それでも幸せになれる方法を考えたいのだ。

人間不信でも幸せになる方法

趣味を極める

いきなり恋愛から逃げてしまった。

しかし、幸いにもぼくには趣味がたくさんある。

たしかに恋愛で得られる幸せは唯一無二のものかもしれないが、他にも幸せになれる道はいくらだってある。

恋愛ファーストに生きる必要などどこに立ってない。

価値観を変えるのはかなり努力のいることかもしれないが、考えてみる価値はある。

人生経験だと割り切って、全力で信じてみる

裏切られたっていい。

それは今後の人生に役に立つ経験になるはずだ。

ぼくには少し難しいが。

だがもしも相手が運命の相手だったらどうだろうか。

信じることができなければ運命の相手を取りこぼしてしまうことになる。

それは実に避けたいことだ。

運命の相手かどうかは自分の第六感で判断するほかない。

仕事に没頭する

暇が作る憂鬱ほど煩わしいものはない。

たしかに忙しいと体力は削り取られてしまうが、時の流れはあっという間だろう。

「気付けば婚期を逃していた」などということになりかねないが、それは自分で選んだ道だ。

適当に恋愛してるよりいくらかはマシ。

幸せなんて人それぞれ

つまりはこうでしかない。

自分の目指す幸せがわかっていて、そこに迷わず突き進める人なら、こんな悩みなんて抱えたりしない。

まあそう言っては元も子もないのかもしれないが、まともに恋愛できないと判断した時点で目指すべきはそこしかないのだ。

まともに恋愛する気もない人間が中途半端に恋愛の市場に参加してしまうと、罪のない人に人間不信をうつしてしまう。

恋愛ができないならできないと、割り切って考える義務がぼくらにはあるらしい。

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